最近、Nexus Motionの活動をサポートしながら、ふと思うことがあります。
「英語を身につけるプロセスと、MSIを学ぶことって、どこか似ているのかもしれない」と。
個人的な話になりますが、私は英語が話せます。
英語の構造自体は比較的シンプルです。
中学で習う1,000語ほどを組み合わせれば、日常会話はある程度成立します。
でも、それを実際の場面で自分の言葉として使いこなせるかとなると、話は別です。
私は帰国子女なので、「英語が話せていいですね」と言っていただくことがあります。
今でこそ、その環境にいたことに感謝していますが、最初は本当に大変でした。
小学3年生でアメリカへ渡った当時、周りに兄妹以外の日本人はひとりもいませんでした。
英語は話せない、書けない。当然、友達もできない。
放課後は、言葉が分からなくても理解できる『トムとジェリー』をひたすら見ていました。
そんな私が「あれ、少し話せるようになってきたかも」と感じられるまでには、数年の月日が必要でした。
1年目:なんとなく聞き取れる
2年目:YES / NO は答えられる
3年目:文章で返せる(ここでやっと友達ができる)
4年目:冗談が分かる
5年目:冗談を返せる
6年目:口喧嘩できる(ここまで来ると日常)
振り返ると、ある瞬間がありました。
特別に集中しなくても、周囲の会話が自然に理解できるようになった瞬間です。
それまでバラバラだった知識が一気につながり、「点と点が線になった」と感じました。
もちろん、その瞬間は偶然ではありません。
聞いて、話して、間違えて、また挑戦して。
そうしたインプットとアウトプットの積み重ねがあったからこそ訪れたものだったと思います。
ただ同時に、話せるようになったからこそ、その先の世界も見えてきました。
英語も、日常会話ができるようになれば終わりではありません。
専門的な議論があり、文化やニュアンスがあり、さらに高いレベルがあります。
分かるようになったからこそ、自分がまだ知らないことの多さにも気付いたのです。
そして渡米から8年後に帰国した時には、今度は日本語をかなり忘れていて、また一からやり直しでした(笑)。
この「点と点がつながる感覚」は、もしかしたらMSIの学習にも通じるものがあるのではないかな、と感じることがあります。
専門家ではない私が外から見ていて感じることですが、MSIの原則自体はシンプルだとよく聞きます。
ただ、そのシンプルな原則を実際の患者さんに当てはめ、評価し、判断し、臨床で使いこなすことは決して簡単ではないのだろうと想像しています。
知識として理解することと、実際に使いこなせることは違う。
それは英語も同じでした。
だからこそ、何度も繰り返し学び、実践し、修正し、アップデートしていくことが必要なのかもしれません。
遠回りに見えても、その積み重ねが結局は一番の近道になる。
そんな気がしています。
「点と点が線になる瞬間」がいつ訪れるかは人それぞれです。
ただ、ワシントン大学(WashU)のような世界トップレベルの機関が長年積み重ねてきたこの体系には、時間をかけて向き合う価値があるのだろうと、先生方や受講生の皆さんの熱量を見ていると感じます。
そして学べば学ぶほど、さらに知らないことが見えてくる。
高校で活躍した選手がプロの世界に入り、さらにその上にメジャーリーグがあることを知るように、自分の現在地が見えるからこそ、新しい課題も見えてくるのかもしれません。
だからこそ、「継続すること」が大切なのだと思います。
とはいえ、学び続けることは一人ではなかなか大変です。
だからこそ諸谷先生は、『Movement System Monthly』という、学び続けられる場所を作り、知識をアップデートし続けられる環境を大切に運営されているのだと思います。
皆さんが積み重ねている一つひとつの「点」が、いつか大きな「線」になることを、私も裏方として応援しています。
ダイコン(Nexus Motion アシスタント)
Nexus Motion の運営およびコンテンツ制作をサポートし、
諸谷先生や専門家の思考・発信を間近で支えているアシスタント。
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